東京高等裁判所 平成3年(ネ)459号 判決 1991年9月25日
控訴人 目黒中央地所株式会社
右代表者代表取締役 森本宏
控訴人 バウ建設株式会社
右代表者代表取締役 髙橋修
右両名訴訟代理人弁護士 水津正臣
児玉隆晴
被控訴人 髙野山紳一
<ほか八名>
被控訴人兼右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 吉森照夫
主文
一 原判決中、被控訴人鬼塚洋子、鬼塚まゆみ、吉森照夫、福田義則、安藤勢津子、笹原千里、笹原貞彦に関する部分を取り消す。
二 被控訴人らと控訴人らとの間の東京地方裁判所平成二年(ヨ)第七九号建築工事禁止仮処分申請事件について、同裁判所が平成二年六月二〇日にした仮処分決定(被控訴人らの申請を却下した部分を除く。)中、被控訴人鬼塚洋子、鬼塚まゆみ、吉森照夫、福田義則、安藤勢津子、笹原千里、笹原貞彦に関する部分を取り消す。
三 被控訴人鬼塚洋子、鬼塚まゆみ、吉森照夫、福田義則、安藤勢津子、笹原千里、笹原貞彦の本件各仮処分申請をいずれも却下する。
四 控訴人らの被控訴人髙野山紳一、片岡秀清、森勝彦に対する本件各控訴をいずれも棄却する。
五 訴訟資用は、被控訴人鬼塚洋子、鬼塚まゆみ、吉森照夫、福田義則、安藤勢津子、笹原千里、笹原貞彦と控訴人らとの関係では第一・二審とも右被控訴人らの負担とし、被控訴人髙野山紳一、片岡秀清、森勝彦と控訴人らとの関係における控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人らと控訴人らとの間の東京地方裁判所平成二年ヨ第七九号建築工事禁止仮処分申請事件について、同裁判所が平成二年六月二〇日にした仮処分決定を取り消す。
(三) 被控訴人らの本件各仮処分申請をいずれも却下する。
(四) 訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。
二 当事者の主張
1 被控訴人らの申請の理由及び主張
(一) 被控訴人らは、次のとおり、東京都世田谷区奥沢五丁目一四番二二号所在のマンション「自由が丘アビタシオン」(以下「被控訴人ら居住建物」という。)の一階・二階の居住者・使用者等である。
(1) 被控訴人髙野山 右建物一階一〇一号室(以下、右建物の部屋の表示は単に部屋番号による。一〇〇番台の番号の部屋は一階であり、二〇〇番台の番号の部屋は二階である。)に妻とともに居住
(2) 同鬼塚洋子及び鬼塚まゆみ 一〇二号室を住居として使用
(3) 同吉森 一〇三号室を弁護士事務所として使用
(4) 同片岡 一〇四号室に被控訴人ら居住建物の管理人として妻とともに居住
(5) 同福田 二〇二号室に居住
(6) 同安藤 二〇三号室に居住
(7) 同笹原貞彦及び笹原千里 二〇四号室を親の笹原貞彦が所有し、子の笹原千里がそこに妻子とともに居住。笹原貞彦は被控訴人ら建物から徒歩数分の所に居住しているが、妻とともに常時二〇四号室に滞在。
(8) 同森 二〇五号室に妻子とともに居住
(二) 控訴人目黒中央地所株式会社は原判決別紙物件目録記載一・二の土地(以下「本件土地」という。)に同目録記載三の建物(以下「本件建物」という。ただし、右建物は本件仮処分決定後一部変更されたものである。なお、右目録末尾の「建築確認事情変更届」は「建築確認事項変更届」と訂正する。)の建築を計画し、建築確認を得て、控訴人バウ建設株式会社にその建築工事を請け負わせた。
(三) 本件建物は、地下一階、地上二階、高さ五・一五メートルの一戸建住宅であるが、地下は敷地全面を約五メートルの深さの総掘りとし、建物中央部に中庭ないし吹抜けを設置し、これを廊下や各部屋が取り囲むといういわゆるコートハウス形式の構造となっているため、事実上敷地の九〇パーセント以上をコンクリート外壁の箱型建物が占拠する恰好のものであり、被控訴人ら居住建物の所在地との境界線から東端で三六センチメートル、西端で七五センチメートルしか離れていない所に、東西二二・五メートルにわたって高さ五・一五七メートルの建物の壁面が作られることになる。
(四) 被控訴人らはこれまで概ね良好な日照を得ていたが、本件建物が予定どおり完成すると、冬至において前記各居住・使用部分の南側開口部で次のような影響を受ける。
(1) 一〇一号室 午前八時から午後四時前まで八時間弱にわたって日影下に入り、午前八時過ぎから正午頃までの四時間はほぼ全体が日影となる。
(2) 一〇二号室及び一〇三号室 午前八時から午後四時まで八時間にわたって全体が日影となる。
(3) 一〇四号室 正午過ぎから午後四時までの四時間ほぼ全体が日影となる。
(4) 二〇二号室 午前八時から午後三時過ぎ頃まで日影下に入り、午前八時過ぎから正午頃までの四時間はほぼ全体が日影となる。
(5) 二〇三号室、二〇四号室及び二〇五号室 午前八時から午後四時まで八時間にわたって全体が日影となる。
右に加えて、本件建物の前記のような壁面は、被控訴人ら居住建物の住人にとっては、眼前に刑務所の高い塀が突然建築されたのと同じであり、その圧迫感は大変なものであるとともに、それによって通風・採光も大幅に妨げられることになる。
(五) 本件土地の一帯は第一種住居専用地域であり、建築基準法上の日影規制はbに該当し、五メートルから一〇メートル以内のラインでは四時間以上、一〇メートルを越える地点では二・五時間以上の日影を生じさせてはならないこととされているが、本件建物は、前記のように高さ五・一五七メートルであって、軒の高さが七メートル以内であり、かつ地下一階、地上二階の二階建なので、右の日影規制の対象とはならない。しかし、軒の高さが七メートル以内とか地上が二階建の建物について日影規制の対象としていないのは、そのような建物の場合には、一般的に右の日影規制の程度には日影を生じないこと、仮に部分的には規制を超えるところがあってもその範囲がそれほど広くないことが推測されるからである。本件建物のように日影規制の対象とならない建物であっても、それによる日影が広範囲かつ長時間にわたる場合には、隣接住民に右日影規制による程度の日照が確保されるような構造とされるべきである。また、本件建物が形式的には建築基準法上の建ぺい率を超えないものであるにしても、建ぺい率が定められている趣旨は、「建築物の周囲に適切な空間を設置することにより、隣地との良好な関係を保ち、環境との調和を図ること」にあるというべきであり、本件建物のように、中庭を設け、それをも含めて建ぺい率を確保した場合には、建物の周りの空地が狭くなってしまい、右の趣旨を全く逸脱することになる。本件建物のような構造で、しかも前記のとおりの日影を生じさせる場合には、日影や圧迫感を減少させるべく、建築物の周囲自体のみで建ぺい率が確保されるべきである。
(六) 以上のとおりであるから、本件建物によって被控訴人らが被る日影等の被害は受忍限度を超えるものといわなければならない。
(七) 被控訴人らは、本件建物が完成すると事実上権利の実現が不可能となってしまうので、本件建物の一部の建築工事の禁止を求め、「①控訴人らは、本件土地上に建築予定の本件建物に関し、原判決別紙図面斜線部分について建築工事をしたり、同図面に図示した直線ABを越えそれより上方には建築工事をしてはならない。②控訴人らは、被控訴人らに対し、本件建物の北側壁面を淡泊色系のタイル張りとする。」との仮処分を申請したところ(東京地方裁判所平成二年(ヨ)第七九号建築工事禁止仮処分申請事件)、同裁判所は、平成二年六月二〇日、「控訴人らは、本件土地上に建築計画中の本件建物につき原判決別紙図面本件建物北側立面図では、イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を結ぶ線で囲まれた部分(EVシャフト部分(右本件建物北側立面図のa、b、c、d、aの各点を結ぶ線で囲まれた部分)を除く。)で表され、右図面本件建物西側断面図ではホ、ヘ、ト、ホの各点を結ぶ線で囲まれた部分(EVシャフト部分を除く。)で表され、それによって特定される部分及び右西側断面図のAB線より上方部分の建築工事をしてはならない。」旨の仮処分決定(以下「原決定」という。)をした(なお、被控訴人らのその余の申請は却下された。)。
(八) 右原決定は相当であるから、被控訴人らはその認可を求める。
2 控訴人らの答弁及び主張
【答弁】
(一) (一)は、被控訴人らが被控訴人ら居住建物の一階・二階の居住者・使用者であることは概ね認める。被控訴人笹原貞彦が同笹原千里の父で二〇四号室の所有者であり、常時二〇四号室に滞在していることは不知。
(二) (二)は認める。
(三) (三)は、総掘りの深さと本件建物が敷地の九〇パーセント以上を占めるとの点は否認し、その余は認める。深さは四メートル(一部中央部分のみ五・五メートル)であり、本件建物の建築面積は中央部の中庭(面積三六平方メートル)を含んでも敷地面積の七〇パーセントにすぎない。
(四) (四)は否認する。
(五) (五)は、本件土地の一帯が第一種住居専用地域であり、建築基準法上の日影規制はbに該当すること、右規制の内容が主張のとおりであること、本件建物が右規制の対象とならないこと、本件建物が建築基準法上の建ぺい率を超えていないこと、は認めるが、その余は争う。建築基準法は必ずしも建物の外側に空地を設けることを要求しているものではないから、被控訴人らの主張は独断にすぎない。
(六) (六)は争う。
(七) (七)は、本件建物が完成すると事実上権利の実現が不可能となってしまうとの点は争うが、その余は認める。
【主張】
(一) 被控訴人らの居住・使用部分について本件建物による日影が生ずるとしても、次のような事情を総合すれば、それは受忍限度を超えるものではない。
(1) 建築基準法適合性
本件建物はコートハウスの形態をとってはいるが、地下一階、地上二階、高さ五・一五七メートルの二階建の建物であり、控訴人目黒中央地所の代表者の居宅として建築が計画されたものである。ところで、本件土地は都市計画上の第一種住宅専用地域で、東京都条例による日影規制の種別はbとされているから、本件土地上においては軒の高さが七メートルを越える建築物又は地階を除く階数が三以上の建築物についてのみ建築基準法の定める日影規制の対象とされることになる。したがって、本件建物は右日影規制の対象外の建物であり、もとより建築確認も受けている。建築基準法の規制に適合することが直ちに私法上の日影等の問題をクリアさせるものではないが、右の日影規制についていえば、それは行政の見地から用途地域毎に日照確保の基準を設け、当該地域内の土地利用者とその利用によって生ずる日影被害を受ける地域住民との利害を調整し、市街地の発展を図るために制定されたものである。反面では、用途地域毎にある程度の日影被害を受忍すべき範囲を定めたものともいうことができる。建築基準法が二階建の建物について日影規制をしなかったのは、二階建の建物は日本における主要かつ一般的な建築物であり、このような建物の建築についてまで日影問題によって規制することになれば、とりわけ大都市圏における二階建の建物の新築ないし増築が不当に阻害されて個人用住宅の建築がほとんど不可能となってしまい、先住者のみが一方的に保護され、市街地の適正かつ円滑な発展は全く図られなくなってしまうからである。当該建物が日影規制の対象外であること等の建築基準法適合性は受忍限度の判断に当たって重要な判断基準となる。建築基準法で許容された建築物が民法上の受忍限度を超えるものとして容易に規制されてしまうのは、同法の日影規制等の制度の趣旨に悖り、ひいては都市部における個人用住宅の建築を阻害し、都市生活者に看過し得ない甚大な影響と混乱を与えることになる。二階建の建物による日影等は、同じ都市生活者間においては原則的に受忍限度の範囲内にあるというべきである。
(2) 本件建物による具体的日影の程度
本件建物は右のように建築基準法上の日影規制の対象外であるが、仮にそれによって生ずる日影について右規制の趣旨が及ぶものと考えるとしても、次のとおり、それは被控訴人ら主張の居住・使用部分についてはほとんど問題とならない程度のものである。
① 一階部分について
本件土地と被控訴人ら居住建物との境界線上には高さ約二メートルのブロック塀(以下「ブロック塀」という。)が設置されており、一階部分はこの塀によって次のような日影を受けている。
一〇一号室 午前八時から午前九時半頃まで
一〇二号室 午前八時から午後四時まで
一〇三号室 午前八時から午後四時まで
一〇四号室 正午から午後四時まで
したがって、一〇二号、一〇三号、一〇四号の各室については、本件建物による日影以前にブロック塀によって同程度の日影を受けており、近くの下山田マンションによる複合日影をも考慮すると、本件建物自体による日影は問題とならない。しかも、一〇一号室は被控訴人ら居住建物の外壁自体によって既に午前八時から正午まで日影を受けている。なお、後記の旧建物及び下山田マンションによる日影を超えて本件建物自体によって増加する日影は、一階部分のうち一〇三号室について午前一一時から午後二時頃まで、一〇四号室について午後一時から三時までの各時間帯のみである。そして、右両室については南側に著しく接近して建てられていることから、日照の利益を既に放棄しているに等しい状況にある。
② 二階部分について
本件建物自体による二階部分への日影は、僅かに午前八時に二〇四号室に影がかかるが、そのほとんどがベランダ部分であり、全く問題とならない。
③ なお、春分・秋分時には被控訴人ら居住建物に本件建物による日影は生じない。
(3) 被害予見可能性
本件建物あるいはブロック塀によって(2)の日影が生ずる大きな原因は、被控訴人ら居住建物が南側隣地の本件土地に著しく近接して建てられていることにある。右建物と本件土地の北側境界線との距離は最短で僅かに二六センチメートルであり、長くともほぼ一・六メートル前後の間隔しかない。右建物がこのように著しく南側に接近して建てられたのは、その北側に居住者用の駐車場スペースを広い範囲で確保したためである。これは右建物が日照よりも駐車場確保の利益を優先させて建てられたもので、もともと日照の利益は全くといっていいほど考慮されていなかったことを示している。ちなみに、建築基準法上の有効採光の規定(同法二八条、同法施行令二〇条)によれば、右建物の南側の開口部は本件土地との境界線に余りに近接しているので、採光のための開口部とはみなされず、西側の開口部のみが採光のための開口部と認められるにすぎない。そして、西側の採光については本件建物による影響はない。被控訴人らは、このような建物の一階又は二階部分を主として居住目的等で取得したわけであり、当初からブロック塀や南側に建てられるであろう建物によって日影を受けることを当然に予想していたはずである。また、右の一・二階部分は日影等の点から三階以上の部分と比べて価格も低廉であったと推測される。被控訴人らがもし日照を重視していたのであれば、そもそもなぜ日照について影響を受けることが確実な専有部分を購入等したのか理解に苦しむところである。日影が生じることが確実視される専有部分を自ら購入等しておきながら、新たな南側居住者に対し日照権等を主張して、建築工事を差し止め、あるいは設計を変更させようとするのは先住者エゴというべきである。
(4) 本件建物の構造の所以と通常の木造二階建の建物による日影との比較
被控訴人らは、本件建物が箱型のコートハウスの構造となっていることを問題視しているが、本件建物がそのような構造となったのは、近接する被控訴人ら居住建物である高層マンションの視界から自己のプライヴァシーを守り、かつその威圧感から逃れるためであって、むしろ被控訴人ら居住建物の方にこそ問題がある。また、本件建物が仮に通常の木造二階建の建物であった場合には、その高さは普通約七メートル近いものであるから、本件建物よりも遥かに大きな日影を生じさせることになる。
(5) 旧建物等による日影
本件土地には二、三年前まで木造二階建の建物(以下「旧建物」という。)が存在した。右建物はほぼ総二階の構造であり、被控訴人ら居住建物はそれによる日影を受けていた。右の日影と本件建物によるそれとを比較すると、四時間以上及び二・五時間以上の各日影のいずれをみても、本件建物による日影の範囲は東西において若干広がるものの、北側においては縮小するので、全体としては両者による各日影に差はないのである。さらに、被控訴人ら居住建物は既に近接する下山田マンションによる日影をも受けている。
(二) 保全の必要性の点においても、本件仮処分は、次のとおりそれによる被控訴人らの利益よりも控訴人らの被る不利益の方が遥かに重大であるから、これを認めることはできないというべきである。
(1) 被控訴人らは本件建物の一部の建築禁止を求め、原決定はこれを認容したが、右の建築禁止によって本件建物北側上端を六〇センチメートル下げたとしても、それは被控訴人ら居住・使用部分に対する日影の奥行きをせいぜい一メートル余り短くするにすぎず、右部分はもともとブロック塀や被控訴人ら居住建物の外壁自体による日影を受けていることもあって、日影の範囲を大幅に減少させることにはならない。
(2) 他方、右の一部の建築禁止によって控訴人は重大な不利益を被る。すなわち、本件建物の北側上端を六〇センチメートルにわたって計画図面よりも下げるとすると、屋根の形を切妻型のようにしなければ、構造上屋根を支えることができなくなる。そうすると、本件建物二階の階段踊り場部分の天井が低いところでは床から一六〇センチメートルしかないことになってしまう。これでは天井に頭がつかえるなど、使用上著しい支障をきたすことになる。
(三) 以上のように被控訴人らの本件仮処分申請は理由がないから、右申請を認容した原決定を取り消し、右申請を却下することを求める。
3 控訴人らの主張に対する被控訴人らの答弁及び反論
(一) (一)について
(1) (1)は、本件建物が控訴人目黒中央地所の代表者の居宅として建築が計画されたことは不知、主張の趣旨は争う。二階建の建物は一般的かもしれないが、第一種住居専用地域では本件建物のような箱型の二階建は極めて異例である。
(2) (2)は、本件建物が建築基準法上の日影規制の対象外であること、本件土地と被控訴人ら居住建物の敷地との境界線上にブロック塀が設置されていること(ただし、その高さは一九〇ないし一九五センチメートル程度である。)、ブロック塀及び右建物の外壁自体によりある程度の日影が生ずること(ただし、控訴人らが主張するほどのものではない。)、以上の点は認めるが、その余は否認ないし争う。
(3) (3)は否認ないし争う。被控訴人ら居住建物と本件土地との距離は、一〇三号室及び一〇四号室の最も接近している地点でそれぞれ約〇・九メートル、一〇二号室の最も接近している地点で約一・六メートル、一〇一号室の最も接近している地点で約五メートルである。接近して見えるのは二階のベランダの張出しであって、部屋自体ではない。
(4) (4)は否認ないし争う。本件建物の特異な構造は、プライヴァシーのためではなく、設計上の趣向や好みから出たものである。一般の切妻の建物であっても十分プライヴァシーを守ることができる。本件建物は真ん中部分が吹抜けとなっているので、被控訴人ら居住建物の四・五階からはかえってよく見えるのではないか。もっとも、それは四・五階の居住者との問題であり、それを理由に一・二階の居住者等である被控訴人らに云々するのは筋違いである。また、一般の切妻の木造二階建の建物の場合、棟高が七メートルになることもあるので日影の距離が伸びることにはなるが、建築物の周囲には建ぺい率確保のための空地が十分存在し、またスリムな形となるので、他の被る日影被害は本件建物のような建物の場合と比べ格段に少ない。
(5) (5)は、本件土地にかつて旧建物が存在していたこと(なお、同建物は昭和六三年三月三〇日に取り壊されている。)、それによる日影が被控訴人ら居住建物に及んでいたこと、下山田マンションによる日影があること、は認めるが、その余は否認する。旧建物による日影(地盤面一・五メートルにおける日影図による。)は、一〇一号室は午前八時頃から一〇時頃までであった。一〇二号室は午前一〇時頃から午後三時頃までであったが、開口部全体が日影を受けるのは正午から午後一時頃にかけてだけであった。一〇三号室は午後二時頃から四時頃にかけてであったが、開口部全体が日影を受けるのは三時から四時頃にかけてのみであった(ただし、被控訴人吉森が一〇三号室に入居したのは旧建物が取り壊された後の昭和六三年四月下旬である。)。一〇四号室は午後三時から四時にかけて日影を受けただけである。二階部分については二〇五号室だけが僅かに午後三時から四時にかけて日影を受けていたにすぎない。下山田マンションによる影響は、一階部分は、一〇一号室は午前八時から九時にかけて、一〇二号室は午前八時から九時頃にかけて、一〇三号室は午前八時から一〇時半頃にかけて、一〇四号室は午前八時から正午頃にかけて、それぞれ日影被害を受ける程度である。二階部分は、二〇二号室は午前八時頃足元にせいぜい一〇分程度の日影が生じるのみである。二〇三号室、二〇四号室及び二〇五号室は午前八時から八時半にかけて日影被害を受けるだけである。
(二) (二)について
(1) (1)は否認する。被控訴人らが求め、原決定が認容したとおりに本件建物の一部について建築が禁止された場合の右建物による被控訴人ら居住・使用部分に対する日影等の状況は次のとおりであり、右の禁止がない場合における前記二1(四)主張の日影と比べてかなり改善されることになる。
一〇一号室 日影となるのは午前八時から一〇時過ぎまでである。
一〇二号室及び一〇三号室 午前八時から午後四時まで八時間にわたって南側開口部のほぼ全体が日影となるが、一番日の高い正午頃において各室の北側隅の方で一部日照を確保できる可能性がある。日照は僅かではあっても、かなり明るさを改善できる。
一〇四号室 日影となるのは正午過ぎから午後四時まで南側開口部のほぼ全体である。
二〇二号室 日影とならない。
二〇三号室 午前八時から九時前までの一時間弱にわたって南側開口部のほぼ全体が日影となる。
二〇四号室 午前八時から九時頃までの約一時間にわたって南側開口部のほぼ全体が日影となる。
二〇五号室 午前八時から午後四時まで八時間にわたって南側開口部のほぼ全体が日影となる。
(2) (2)は否認する。原決定どおりの建物とする場合になぜ本件建物の屋根を切妻型にしなければならないのかその理由が明らかでない。また、原決定のとおりに北側の角が削られても、床からの高さが低くなるのは北側壁面に近接した部分だけであって、中央部は人の通行に全く支障はない。
三 証拠関係《省略》
理由
一 当事者の地位及び本件建物と被控訴人ら居住建物との位置関係等
当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実が一応認められる。
1 被控訴人らは、地上六階建てのマンションである被控訴人ら居住建物の一階、二階の各専有部分の居住者ないし使用者であり、その居住・使用等の状況は概ね被控訴人ら主張のとおりである。
2 控訴人目黒中央地所は、被控訴人ら居住建物敷地の南側に隣接する本件土地を昭和六二年六月に取得し、本件土地上に本件建物を新築することを計画している。控訴人バウ建設は同目黒中央地所から本件建物の建築工事を請け負い、これを施工している。
3 本件建物は、鉄筋コンクリート造陸屋根地上二階地下一階建居宅(床面積は、一階一一七・九〇四平方メートル、二階一四七・五二五平方メートル、地下一階一九二・二一八平方メートル)で、建物中央部に中庭ないし吹抜けを設置し、それを廊下や部屋が取り囲むといういわゆるコートハウス形式の構造である。その地上部分の高さは五・一五七メートル、長さは被控訴人ら居住建物に面する東西が約二二・八九メートル、南北が一〇・八九メートルであり、コンクリートの外壁で覆われた直方体様の外観を呈する。
4 本件建物の建築予定位置は、その敷地である本件土地と被控訴人ら居住建物敷地との境界線から東端で三六センチメートル、西端で七五センチメートルである。また、右境界線と被控訴人ら居住建物外壁面との水平距離は、一階西端一〇一号室の西側角部分では約五・七五メートルであるが、一〇二号室西側角部分では約一・五八メートル、最近接箇所である一階東端一〇四号室の東側角部分では約一・〇一五メートルであり、二階部分のベランダ(一階部分の庇面)とでは最近接箇所で約二六センチメートルである。
二 被控訴人ら居住・使用部分に対する本件建物による日影
1 《証拠省略》によれば、本件建物が予定どおり建築された場合における同建物による被控訴人ら居住・使用部分の南側開口部に対する冬至日の日影(なお、以下、特に断らない限り日影についての認定・説示はすべて冬至日におけるものである。)は次のようなものであることが一応認められる。
(一) 一階部分
(1) 一〇一号室 午前八時から午後四時前まで八時間弱にわたって日影下に入り、午前八時から正午頃まで(約四時間)ほぼ全体が日影となる。
(2) 一〇二号室 午前八時から午後四時まで(八時間)全体が日影となる。
(3) 一〇三号室 午前八時から午後四時まで(八時間)ほぼ全体が日影となる。
(4) 一〇四号室 正午過ぎから午後四時まで(約四時間)全体が日影となる。
(二) 二階部分
(1) 二〇二号室 午前八時頃及び午後四時頃一部がごく短時間若干の日影となる。
(2) 二〇三号室 午前八時から九時前頃まで及び午後三時過ぎ頃から四時まで一部が日影となる。
(3) 二〇四号室 午前八時から一〇時前頃まで及び午後二時過ぎから四時まで相当部分が日影となる。
(4) 二〇五号室 午前八時から午後四時まで(八時間)全体が日影となる。
2 被控訴人らは二階部分について右認定の程度を超える日影を主張するが、右1掲記の甲号各証(被控訴人側において作成提出した、本件建物による日影を被控訴人ら居住建物一階平面図に図示したもの、同様に二階平面図に図示したもの、同様に側面図に図示したもの、等である。)によっても、右認定の範囲で認められるに止まり、これを超える部分については本件全証拠によるも認めるに足りない。また、乙号各証中には右認定と異なる日影を示したものもあるが、右1掲記の甲号各証と対比してにわかに採用することができない。
三 被控訴人ら居住・使用部分の現在の日照享受の状況
1 被控訴人らは、これまで概ね良好な日照を得ていた旨主張するので、被控訴人ら居住・使用部分南側開口部について本件建物がない場合における日影の状況を検討する。
(一) 当事者間に争いのない事実、《証拠省略》によると、次の事実が一応認められる。
(1) 本件土地と被控訴人ら居住建物敷地との境界線上にはもともと高さ約二メートルのブロック塀が設置されており、被控訴人ら居住建物の一階部分南側開口部はこれによる日影の影響を受けている。その程度は、本件土地のGL(平均地盤面)の高さにおいて、一〇一号室については午前八時から九時半頃まで、一〇二号室については午前八時から午後四時まで(ただし、一〇時から二時頃までは一部を除く。)、一〇三号室については午前八時から午後四時までそれぞれ及ぶものと測定されている。なお、一〇四号室については、外壁は正午過ぎから午後四時まで日影下に入るが、開口部はほとんど影響を受けない。
(2) 被控訴人ら居住建物自体の外壁による日影も存する。被控訴人ら居住・使用部分のうち一〇一号室、一〇三号室、二〇二号室、二〇三号室、二〇四号室は、いずれも午前八時から一一時過ぎまで各南側開口部の一部についてこれによる日影の影響を受けている。
(3) 被控訴人ら居住建物の南東に下山田マンションが存在し、それにより一階部分は、一〇一号室は午前八時から九時前まで、一〇二号室は午前八時から九時半頃まで(ただし、全体は九時前まで)、一〇三号室は午前八時から一〇時半頃まで(ただし、全体は九時半過ぎまで)、一〇四号室は午前八時から正午頃まで、それぞれ日影を受ける。二階部分は、各室とも午前八時台にせいぜい何十分かの日影を受けるだけである。
(二) 右の他に被控訴人ら居住・使用部分が現に被っている日影として本件で特に問題としなければならないほどのものを認めるべき証拠はない。
2 そうすると、被控訴人ら居住・使用部分は、それぞれ右に認定した限度における日影の影響を受けるほかは日照による利益を得ていることになる。
四 本件建物の建築による被控訴人らの被害とその程度
右一ないし三認定の事実関係に基づき、本件建物が計画どおり建築された場合における被控訴人らの被害の有無・程度について検討する。
1 被控訴人らの居住・使用部分の南側開口部に対する本件建物による日影として二1で認定したところと、その他の原因による日影について三1(一)で認定したところとを対比し、かつ、後者のうちブロック塀による日影の測定結果は本件土地の平均地盤面の高さにおけるものであるところ、一階部分の開口部がそれより高い位置にあることは明らかであるから、それは必ずしも実態を正確に示すものとはいえないこと、被控訴人ら居住建物の外壁自体による日影は開口部の一部だけについて生じ、しかも時間の経過により顕著に改善されるものであること、下山田マンションによる日影も、前掲甲第五七号証によって一応認められる一階部分各室の開口部の位置等に照らすと、それによる実際の影響の程度を前記認定の時間のみによって考えるのは必ずしも適当ではないこと等の事情を総合勘案すると、本件建物のみによる、あるいは主として本件建物による日影の有無・程度は次のようなものと一応認めるのが相当である。
(一) 一階部分
(1) 一〇一号室 午前九時半過ぎから午後四時まで日影下に入り、午前九時半過ぎから正午頃まではほぼ全体が日影となる点において日影の程度が増大する。
(2) 一〇二号室 午前一〇時から午後二時頃までブロック塀による日影を受けない部分が日影となる点において日影の程度が増大する。
(3) 一〇三号室 影響がないことになる。
(4) 一〇四号室 正午過ぎから午後四時まで全体が日影となる点において日影の程度が増大する。
(二) 二階部分
ブロック塀による日影はなく、下山田マンションによる日影はせいぜい午前八時台に何十分かという程度であるから、少なくとも次のような程度に日影が増大する。
(1) 二〇二号室 午後四時頃、一部がごく短時間ではあるが日影となる。
(2) 二〇三号室 午前九時前頃及び午後三時過ぎ頃から四時まで一部が日影となる。
(3) 二〇四号室 午前九時前から一〇時前頃及び午後二時過ぎから四時まで相当部分が日影となる。
(4) 二〇五号室 午前九時前頃から午後四時まで全体が日影となる。
2 本件建物はコンクリートの外壁で覆われた高さ五・一五七メートル、被控訴人ら居住建物に面する部分である東西の長さが約二二・八九メートルの直方体様の外観の建物であるとともに、被控訴人ら居住建物南側の相当部分との間には一、二メートルの間隔しか存しない。したがって、被控訴人らにとっては、もともとブロック塀が設置されていたとはいえ、それを遙かに上回る巨大なコンクリート壁が南側開口部の眼前を覆う恰好となり、日常生活上右1の日影の関係に加えて通風・採光・眺望などの点で様々の不利益を被ることになるであろうし、それによる圧迫感もかなりのものと予想される。
3 結局、被控訴人らは本件建物による各居住・使用部分に応じて以上認定の程度の被害を受けることになるところ、各居住・使用部分のうち本件建物によって増大する日影被害の程度が極めて大きい一〇一号室、一〇四号室、二〇五号室の三室に係る被控訴人髙野山、同片岡、同森の三名については、右2の点及び本件土地の一帯が第一種住居専用地域とされていること(弁論の全趣旨により明らかである。)をも考えると、他にこれを減殺する事情の存しない限りその各被害は受忍限度を超えるものと一応認めるのが相当であるが、その余の各室に係る被控訴人らの被害については、その増大する程度が前認定の程度であるから、右2の点を考慮してもなお受忍限度を超えるものとまで認めることはできない。
五 受忍限度に関する控訴人らの主張の検討
控訴人らは本件建物による日影等は受忍限度を超えるものではない旨主張するので、前認定の一〇一号室、一〇四号室及び二〇五号室につき、以下、指摘する点を順次検討する。
1 本件建物の建築基準法適合性(控訴人らの主張(一)(1))
(一) 本件建物がコートハウスの形態の地下一階、地上二階建、高さ五・一五七メートルの二階建の建物であることは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、本件建物は控訴人目黒中央地所の代表者個人の居宅とすることを予定して建築が計画されたものであることが一応認められる。そして、本件建物が建築基準法上の日影規制の対象外の建物であり、建築確認も経ていることは弁論の全趣旨によって明らかである。
(二) 控訴人らは、建築基準法の規制に適合している二階建の建物による日影等は都市生活者間においては原則的に受忍限度の範囲内にあるというべきである旨主張する。しかし、建築基準法等による公法的規制における利益衡量は一般的・概括的であり、そこで定められた基準は最低の基準であって、私法上の受忍限度とは必ずしも一致するものではない。公法的規制に適合していることは受忍限度の判断に当たって尊重されなければならない一つの要素ではあるが、それをもって直ちに、あるいは原則的に受忍限度を超える被害を生じさせることを否定するのは相当とはいい難い。右主張をそのまま是認することはできない。
2 本件建物による具体的日影の程度(右同(2))
前記二ないし四で認定説示したとおりであり(なお、旧建物による日影と被控訴人ら居住建物が敷地の南側に位置していることについては後述する。)、本件建物自体による日影が問題とならない程度のものであるとは到底いえない。なお、控訴人らは春分・秋分時には本件建物による日影は生じない旨主張するが、仮にそのとおりであるとしても、日照紛争における日影の程度は冬至日におけるそれを基準に考えるのが相当であるから、右の事実は特に重要な要因とはならない。
3 被害予見可能性(右同(3))
(一) 被控訴人ら居住建物と本件土地との位置関係は前記一4認定のとおりであり、これと《証拠省略》によると、被控訴人ら居住建物は敷地の相当部分を占めているところ、その北側部分に本件土地に隣接する南側部分よりも若干広いスペースがとられ、駐車場などとして使用されていることが一応認められる。
(二) 右事実によれば、被控訴人ら居住建物は、本件土地に相当接近した位置にあり、それは、主として駐車場のスペースを確保する目的、あるいは北側建物への日影についての配慮から北側部分に南側部分よりも広いスペースをとることとした関係上、その分だけ本件土地側に寄せられることとなったことによるものと一応推認することができる。そして、右のような位置関係からすれば、特に被控訴人ら居住建物の一・二階部分については、ブロック塀や南側の本件土地に建てられるであろう建物によって生ずる日影等の影響を受けることが当然に予想されていたものというべきである。被控訴人らは右の事情を認識したうえで各居住・使用部分の居住・使用を開始したものといわなければならず、それが受忍限度判断の一要素として斟酌されることになるのはいうまでもない。
4 本件建物の構造の所以と通常の木造二階建の建物による日影との比較(右同(4))
(一) 本件建物の形態・構造等は前記認定のとおりであるところ、控訴人らは被控訴人ら居住建物からのプライヴァシー保護や威圧感から逃れるためにそのような形態・構造をとることとしたものである旨主張する。しかし、《証拠省略》を総合すると、本件建物のような形態をとることによって被控訴人ら居住建物の三階以上の居住者との関係において特段にプライヴァシーが守られるといえるほどのものはなく、プライヴァシー保護のために殊更右の形態をとらなければならない必要性は乏しいと一応認められるのであり、また、威圧感の点も特に説得的とは思われない。右主張は採用の限りでない。
(二) 控訴人らは、本件土地上の建物が木造二階建の建物である場合には、それによる日影は当然に受忍限度の範囲内と考えられるのであるから、同じ二階建の建物である本件建物による日影についても同様に解すべきである旨主張するが、《証拠省略》によると、本件土地に本件建物のようなコートハウス形態ではない通常の木造二階建の建物、木造二階建の共同住宅あるいは木造二階建の建物三棟が建てられた場合においても、被控訴人ら居住建物一・二階部分は相当程度の日影を受ける可能性のあることが窺われる。しかし、仮にそれが本件建物による日影と同程度のものであるとすれば、他の事情のいかんによっては、それによる日影被害は被控訴人らにとって受忍限度を超えるものと判断されることになる。日影の点だけで考えれば、木造二階建の建物であることのみによって本件建物の場合と異別に扱うべきいわれは存しない。右主張も採用できない。
5 旧建物等による日影(右同(5))
(一) 《証拠省略》を総合すると、次の事実が一応認められる。
(1) 本件土地には、かつて坂川誠一所有の木造スレート葺二階建居宅(旧建物。登記簿上の床面積、一階九七・五〇平方メートル、二階四二・九六平方メートル。実際の床面積も概ね同程度であった。)が、昭和五五年八月頃から昭和六三年三月三〇日頃まで存在していた。
(2) 被控訴人ら居住建物は右旧建物による日影を受けていた。受忍限度を超える被害があると判断した被控訴人らの居住・使用する各室における日影の程度は、一〇一号室は午前八時から一〇時頃まで、一〇四号室は午後三時から四時頃まで、二〇五号室は午後二時から四時頃までであった。
(二) 控訴人らは、旧建物はほぼ総二階の構造であり、それによる日影は全体としては本件建物による日影と差はない旨主張するが、ほぼ総二階の構造であったとの点は、《証拠省略》によっても認めるに足りず、差がないとの点も、これに沿うかのような部分を含む《証拠省略》等の日影図は、その前提条件及び測定方法の正確性に疑問を投げかける《証拠省略》に照らし、にわかに採用することができない。結局、控訴人らの右主張はこれを認めるに足りる証拠がないことになる。
(三) 右(一)(2)の事実によれば、一〇一号、一〇四号、二〇五号の各室に対する旧建物による日影の程度はさほど大きなものとはいえず、かつて右の日影が存したことは本件における受忍限度の判断に格別の影響を及ぼすほどのものではないというべきである。なお、下山田マンションによる日影の関係については前述したとおりである。
六 以上によれば、受忍限度を超えるとの前記の判断を動かすものとして斟酌に値するのは五3の被害予見可能性の点のみである。しかし、被控訴人髙野山、同片岡、同森らについて五3認定のような事情があって、三階以上の部分とは異なる相当程度の日影等の被害のあり得ることを認識・予見していたにせよ、当然のことながらそれは抽象的で漠としたものであったというべきであり、およそ建築基準法の規制に違反しない建物による日影である以上は、いかなる程度のものであってもやむを得ないものとして受忍しなければならない立場に自らを置いていたとまで評することはできず、前記認定の本件建物による日影、通風、眺望、圧迫感等による被害の程度を考えると、右の予見可能性の点も未だ受忍限度を超えるとの前記判断を動かすには至らないと解するのが相当である。
七 仮処分の必要性・相当性
1 本件建物が予定どおり建築された後において、被控訴人らの日影等の被害軽減のためこれを一部取り壊す措置を講ずることは事実上様々の困難を伴うし、また社会経済上も相当とはいえない。したがって、受忍限度を超える被害を受ける被控訴人らが建物の完成前に一定の範囲の建築禁止を求めることは許されると解するのが相当である。
2 被控訴人らが「被控訴人らの申請の理由及び主張(七)」のとおりの仮処分を求め、建築工事の一部禁止を命ずる原決定がなされたことは当事者間に争いがない。
3(一) そこで、一〇一号室、一〇四号室、二〇五号室について原決定の内容の相当性を検討するに、《証拠省略》によると、原決定が建築を禁止した部分をカットした形で本件建物が建てられた場合における右各室への日影状態は、右のカットのない場合に比べ、一〇一号室においては午前一一時頃から日影を受けなくなる、一〇四号室においては正午頃一時日影を受けなくなる、二〇五号室においては午前九時過ぎから午後三時前の間開口部の一部が日影を受けなくなる、等の点において改善されると測定されていることが一応認められる。
(二) 控訴人らは右のカットによっては日影の範囲を大幅に減少させることにはならない旨主張し、弁論の全趣旨により成立を認める乙第三八号証はこれに沿うかのごとくである。また、右(一)認定の測定結果は、弁論の全趣旨により成立を認める甲第四二号証、被控訴人笹原貞彦の前掲本人尋問の結果中同号証に関する供述部分、さらにはカット部分の規模などに照らすと、カットのない場合に比べて日影改善の程度が大幅に過ぎるような観もないではない。しかし、右の他に右測定結果の正確性を疑わせるような事実関係を認めさせるべき的確な証拠はないし、前掲乙第三八号証は、前掲甲第五四、五五号証と対比すると、カットによる本件建物の形状の変化に伴う日影の変動がそのまま示されているようには認め難い点においてにわかに採用できないから、右の測定結果は一応認められるものとして考えるのが相当である。
(三) 次いで、控訴人らは、原決定の命じた一部の建築禁止を前提として建物を建築しなければならない場合には、屋根の形を変えなければならず、そうすると使用上著しい支障をきたすことになる旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分がある。しかし、仮にそのような結果を招来することになるとしても、それは本件建物の建築により日影等の被害を被る近隣関係者への対応に十分な配慮を尽くさなかったことによって自ら招いたものと評し得るのであり、本件における仮処分の必要性あるいは相当性に重大な影響を及ぼすものとはいい難い。
(四) 以上に加えて、本件が仮処分事件であって、あくまでも本案請求権の存否確定までの暫定的措置を定めるにすぎないものであることを勘案するならば、原決定の内容を不当と解することはできない。
八 以上の次第であるから、原決定は、被控訴人らのうち一〇一号室、一〇四号室、二〇五号室の各居住者・使用者である被控訴人髙野山、同片岡、同森の三名との関係では理由があり、その余の被控訴人らとの関係では理由がないことになる。したがって、被控訴人ら全員との関係で原決定を認可した原判決は、右三名の被控訴人らについては相当であるが、その余の被控訴人らについては不当である。よって、民事訴訟法三八四条、三八六条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田潤 裁判官 根本眞 森宏司)